馬鹿者のススメ
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耳鳴りが痛くてどうしようもない。
こんな時、僕はきまってあの事を思い出す。季節が白に変わる、12月の少年時代。
街はクリスマス一色だ。世間が待ちに待った年に一回だけの聖なる行事。放っておいても目に入るイルミネーション。流れてくる音楽。幸せそうなカップル。暖かそうな家族。全てが柔らかな絹に包まれているように見えた。
だけど僕は、ポケットに手を突っ込んだまま。誰にも見つからない事を願いながら、足早にその場を通り過ぎる。
「俺には関係ないから」
いつもの様に家へと帰宅する。家って言っても孤児院だけどな。笑える。
今日も何人かの友達が、知らない大人に手をひかれてココを出て行った。もう会う事は無いのだろう。だって言ってたもん。「パフェが食べたい」って。ココの規則でさ、出て行く時に寂しい顔しちゃ行けない。っていうのがあるんだ。振り返るのもダメ。引取り人に気を使ってんだろーな。くだらねぇ。だから、こっそり決めた俺達の合言葉。「パフェが食べたい」
俺は俺で頑張るから、お前もお前で頑張れよ、っていう意味。さよならさえも言わせてもらえない。ココはそんな腐った場所。
しかし笑っちゃうよな。あの大人達の顔。可哀そうに。助けてあげよう。良かったね。って。全てそっちの勝手だろ?俺達は別に家族が欲しい訳じゃねぇ。ココを出たいだけなのによ。さっきだって、嬉しそうに財布出して「どんなパフェが食べたいの?」って。あいつはあんたに言ったんじゃねぇ。俺達に言ったんだぜ。
自己満足に俺達を使うんじゃねぇよ。所詮俺達に権利なんてものは無いんだけど、さ。
部屋に戻ると、さっきココを出て行った奴のメモがあった。どうやら俺宛らしい。

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ひろとへ。
俺は今日ココを出て行く。これで俺達の仲間内じゃ、お前一人だけが残る事になったよな。心配だ。とにかく、俺は今日から孤児じゃなくなる。だからもう、ココの事は忘れる。お前ともこれで最後だ。最後にするよ。だって、お前がずっと言い続けてた事だしな。出て行ったらココの事は全部忘れる。って。分かってる。うん。それじゃーな。

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俺がそのメモを読んでいると、園長が来た。そして思いっきり殴られた。どうやら俺は、泣いていたらしい。泣いたら殴る。それが園長の教育。痛ぇな。耳鳴りが鳴り止まねぇ。痛ぇ。涙が止まらねぇよ。耳鳴りのせいだって。
そっから何年か過ぎて、俺も今の親に貰われたんだけど。
さっき、本当に偶然、あいつと出会った。ビックリしたよ。可愛い彼女連れてた。一瞬だけ目が合ってさ、そして、お互い何も言わずに通り過ぎた。孤児の事は誰にも言わない。そっちのほうがこの世界では生きていくのに都合が良いからだ。捨てた過去に未練は無い。それはお互い分かってる事。
でも、幸せそうで良かった。俺はあいつの笑ってる顔を見れただけでも満足だった。嬉しかった。寂しくなんか無いよ。本当だって。だってあいつ、俺とすれ違う時に彼女に言ったんだよね。あの時と同じように、クソでけぇ声で。
「なー?パフェでも食べへん?」って。
今日はクリスマスイブ。願いが一つだけ、叶う夜。こんな夜も、たまには悪くねぇな。
耳鳴りが止んだ僕はポケットからそっと手を出し、未だ雪の降り止まない街の鮮やかな雑踏の中へと歩き出した。